ゴッホとシニャック
ゴッホとシニャックの温かい交流について、国立西洋美術館リニューアル記念企画「自然と人のダイアローグ」と共に紹介しています。体験型ゴッホ展の感想や情報、ゴッホと共感覚に関する情報も追加しました。
目次
自然と人のダイアローグ
上野にある国立西洋美術館では、リニューアル記念に「自然と人のダイアローグ」という企画展を開催しています。カメラ撮影を許可している作品も多く、見応えのある企画でした。
詳細は下記にも紹介されています。
【美術館ナビ】ゴッホの《刈り入れ》など名作100点超 「国立西洋美術館 リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」展 6月4日開幕
ゴッホとシニャック
私が最も気に入った作品は、ゴッホ《刈り入れ》とポール・シニャック 《サン=トロペの港》でした。その2枚のポストカードを購入し、並べて額に飾ったほどです。「この2枚を並べて飾ることに意味がある」と感じたのですが、実際この作者二人には温かい親交があったことが後でわかりました。
ゴッホ《刈り入れ》
ゴッホの《刈り入れ》については、「ゴッホを生涯支えた弟テオ」に宛てた手紙の文章が壁面に書かれていました。
『僕はこの鎌で麦を刈る人の中に、——炎天下、自分の仕事をやり遂げようと悪魔のように戦う朦朧とした姿の中に——死のイメージを見ました。人間は刈り取られる麦のようだという意味です。しかし、この死の中には何ら悲哀はなく、それは純金の光を溢れさせる太陽とともに明るい光のなかで行われているのです。』
フィンセント・ファン・ゴッホからテオ・ファン・ゴッホへの手紙(1889年9月6日)
ポール・シニャック 《サン=トロペの港》
ポール・シニャックについては詳しく知らなかったのですが、この絵は心が温かく明るい気持ちになるようで、とても気に入りました。そして、ポール・シニャックについて調べてみたのです。すると驚きの説明を発見!
『シニャックは、理論家タイプで無口なスーラとは対照的に話し好きで陽気な性格であった。気難しい性格だったフィンセント・ファン・ゴッホとも争いを起こす事もなく、アルルでの共同生活には応じなかったもののゴーギャンとの衝突の末に片耳を切った事件の直後には見舞いにも行っている。』(引用:Wikipedia-ポール・シニャック)
ゴッホ《ばら》
遠くからこの小さなバラの絵を見つけた時、生命の輝きのようなものを感じて近づいて見ると、ゴッホの作品だとわかり納得がいきました。
『花の季節にサン=レミの療養院に入院したゴッホは、この囲われた空間で心身を休めるように病室の窓からの眺めや療養院の庭の植物を描いた』と説明されていましたが、療養院での生活が心穏やかなものであったことが伝わってきます。
苦しんでいた知人の幸せ
学生時代にゴッホの人生について知ってからは、作品からも深い苦しみが圧倒的に伝わり、長い間「苦しんでいる知人」のように感じていました。
けれど、この企画展で金色に明るく輝くゴッホの《刈り入れ》を観て、人生の刈り入れ時である「死」に対して「明るい光」 を感じていたことを知りました。さらにゴッホの《ばら》を見つけ、療養院では生命の輝きに触れていたことを知り、じんわりと涙のもとになるような思いが込み上げてきました。
企画展で気に入ったゴッホとシニャックのポストカードを並べて飾ることは、意味があるように感じていました。シニャックの温かく明るい絵が、ゴッホを安心させるように感じたのです。ところが2枚の絵を額に飾った後調べると、実際二人の間には、温かい親交があったと知り、大変驚きました。
またシニャックが「気難しい性格だったフィンセント・ファン・ゴッホとも争いを起こす事もなく、アルルでの共同生活には応じなかったもののゴーギャンとの衝突の末に片耳を切った事件の直後には見舞いにも行っている」という説明を読み、シニャックの程よい思いやりを感じ、手を合わせたい気持ちになりました。
ゴッホの《刈り入れ》とシニャック 《サン=トロペの港》は両方とも、明るい光に照らされています。同じ地上から同じ太陽の光に照らされている異なる視点の2枚は、いずれも深い幸せが感じられるものですが、この2枚を並べると幸せが増幅するように感じられました。
こうして、今回の企画展のおかげで、私の記憶にあった「ゴッホの苦しみ」が癒されたような、長い間苦しんでいた知人の幸せな時間を感じることができたような、そんな安堵の気持ちを得ることができました。
人生の側面と変容
昔から日本人に人気のゴッホ展は、全国で様々な形で行われています。現在も各地で趣向をこらしたゴッホ展が目白押しです。スポットライトの当て方や意識の向け方、切り取り方で、ゴッホの色々な面を知ることができるのは興味深いです。
また、一人の人生を通して眺める時、プロセスの波がどのような形で変容していったのか知ることができるもの勉強になります。さらに時代や人生経験を経て、新しい気づきが加わるのも楽しみです。
色々な人生の側面と変容を感じることで、内なる多様性が新たな調和や統合に向かう、熟成のような感覚を得るのも味わい深いものだなあと、としみじみ思いました。
体験型ゴッホ展
体験型の世界観
2022年6月の開催当初から必ず観に行こうと決めていた「体験型ゴッホ展」をようやく訪れることができました!
紹介動画を事前に見ていたのですが、実際に360度のスクリーンに囲まれてみると、「体験型」の意味がよくわかりました。ゴッホの世界観が空間に満たされているだけでなく、移り変わる映像の迫力が迫ってくるのです。「体験型」を聞き流していた夫は、サプライズだったらしく、「もっと前に行こうよ!」と、いつになく大興奮でした。
紹介動画と比べ物にならない沢山の人に溢れたフロアいっぱいに映像が映し出されるので、みなさんの顔や洋服にも、絵画の世界が映し出されている状態でした。そういう意味でも、ゴッホの世界にみんなで満たされているようでした。
イマーシブアート
イマーシブ(没入型)アートの先駆者ジャンフランコ・イアヌッツィは、30年にわたって世界各地で数多くの展覧会を開催。
「私は、観客をただ見るだけの鑑賞から解き放ちたいと思っています。それには観客自身がショーの不可欠なピースとなり、巨大なステージ上の登場人物であると感じてもらうことが大切だと考えています。」との言葉が紹介されていました。
郵便配達夫ルーランとゴッホの椅子
体験型ゴッホ展でも自分へのお土産にポストカードを購入しました。今回は、「郵便配達夫ジョセフ・ルーラン」と「ファン・ゴッホの椅子」の2枚です。
体験型ゴッホ展では背中の方に映っていて写真を撮れなかったので、という理由もありますが、この2作品は昔から好きな絵なのです。アルルの明るい日差しと、ゴッホの希望に満ちた優しい心が伝わってくるような気がします。
このような椅子を12脚も用意し、指導者になってほしいポール・ゴーギャンには立派な肘掛け椅子も準備して、アルルで共同生活を夢見ていたゴッホ。けれど共同生活は理想通りにいかず、ゴッホは耳を切り落としてしまうのでした。
ちなみにポール・シニャックは、「アルルでの共同生活には応じなかったもののゴーギャンとの衝突の末に片耳を切った事件の直後には見舞いにも行っている」そうです。(ポール・シニャック(Wikipedia))
そして、私の好きな「花が背景に描かれた」愛らしい郵便配達夫ルーランの絵が描かれたのは、それから3ヶ月後のこと。「郵便配達夫ジョセフ・ルーラン」ファミリーとは親しくしていたようです。何かとても癒される温かい心を感じる絵ですよね。
体験型ゴッホ展では、年表と手紙をもとにゴッホの生涯を辿るコーナーがありますが、壮絶な人生の中にも時おり現れる優しい交流にほっとさせられました。
●フィンセント・ファン・ゴッホの作品一覧(Wikipedia)
・ファン・ゴッホの椅子:1988年12月
・ゴーギャンの肘掛け椅子:1988年12月
・自画像(耳に包帯をしたもの:1889年1月
・郵便配達夫ジョセフ・ルーラン:1889年4月
2022年9月19日公開 inner-wish
ゴッホと共感覚
体験型ゴッホ展が開催されたサクラタウンの本屋さん「ダ・ヴィンチストア」をぶらぶら見ていると、気になるタイトルが。『ドレミファソラシは虹の七色? 知られざる「共感覚」の世界』という本です。
私もドレミファソラシに色があると「ぼんやり」感じるタイプ(厳密には音ではなく音階文字に感じる)なので、「あ!似たような感覚を本格的に研究している人がいる」と嬉しくなって買って帰ったのです。ところが読み進めるうちに、「ゴッホはおそらく共感覚があったのだろう」という説明を発見しました。そこで、これもきっと何かのご縁だろうとブログに追記することにしました。
以下は本書からの引用です。
「『ひまわり』で有名な画家フィンセント・ファン・ゴッホには、おそらく共感覚があったのだろう。同時代の画家を評して、ジャン=フランソワ・ミレーは荘厳なオルガン、オノレ・ドーミエはバイオリン、ポール・ガヴァルニはピアノのようだと語る感性が、いかにも共感覚的だ。また絵画での色の使い方を研究するために、ピアノを習い始めたというのが面白い。ただ、レッスンではファン・ゴッホが音をあまりにも執拗に色と結びつけるので、ピアノ教師に頭がおかしいと思われて波紋されてしまったという、いかにも彼らしいオチがつく。」
もし、ゴッホの世界の中で音と色が結びついているのなら、体感型ゴッホ展も、ゴッホの感じていた色と音の関係が音響で加わったら、更にゴッホの世界観に理解が進むのではないかと思いました。きっと迫力がある世界なんだろうな。
2022年9月19日公開 inner-wish
【参考】
ドレミファソラシは虹の七色? 知られざる「共感覚」の世界 (光文社新書) 新書 – 2021/3/16
著者:伊藤 浩介
著者プロフィール:
新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター准教授。京都大学理学部卒業、同大学理学研究科(霊長類研究所)博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、新潟大学脳研究所助教などを経て、現職。専門は認知脳科学、無侵襲脳機能計測学、霊長類学。ヒトや動物の知覚や認知の仕組みやその進化を、脳波やMRIなどの無侵襲の脳機能計測で調べている。ヒトはなぜ、音楽のように動物の生存に役立ちそうにないものを進化で獲得したのか、その謎を解きたい。本書が初の著書。近著に『絶対音感を科学する』(分担執筆、全音楽譜出版社)がある。
2022年9月19日更新 inner-wish
2022年7月20日公開 inner-wish